カタカムナ

カタカムナ ウタ 第7首(補足説明)

カからタ(独立)したカは、ヤ(条件が出来たところ)にタ(発生)した、最小のマリであり、最初のアメになります。

カハ(カの正反)は、アワ(左回り)とサヌキ(右回り)の渦であり、その正反の渦のト(重合)した最初のマカタマをヒといいます。

マカタマは、マ(アマ)とカ(カム)のフトマニ(正反重合発生)によって発生したマ(極微粒子)のこと。具体的には、ヒフミヨイムナヤとノ(変遷)して発生した極微粒子の何れもがマであり、マガタマ、フトタマです。

マカタマがノ(変遷)してイムナヤというマガタマに変遷したときに、マカタマの中心部には、ミスマルノタマ(ミの透けた潜象のタマ)状態のアマノミナカヌシができます。

このアマノミナカヌシによって行われるのが、タカミムスヒとカムミムスヒです。

生命とは、タカミ(現象)とカムミ(潜象)の2重構造なのです。

○フトマニ

フ(カムとアマ)のト(重合)によってカムミ(生命の力)が一つ一つ発生します。

それがミコト(繰り返されると)、次々と発生したカムミは、タカミ(現象物の形態)をムスヒ(形つくり)、同時に、そのタカミの中心部にミスマルのままアマナ(核と呼ぶような濃密になっているもの)にカムミムスヒ(重合)します。

フトマニとは「フトタマノミ ミコト」(アマカムの対向発生の連続)という生命現象を抽象した言葉です。

フトマニは「正反対向発生」と訳されていますが、その正反を「サヌキとアワ」ともいいます。そのサヌキとアワのフトには、電子・原子・細胞レベルの生命活動のフト、また、男(精子)と女(卵子)のフト、私達が神業と呼ぶ、取りと受けのフト、取りのミツゴナミと受けがそれを感受することもフト、あるいは、地中の微生物や虫、鳥、動物の発するミツゴナミ(生命波動)を感受して、心地良い反応があらわれるのも正反のフトです。

それには必ずサヌキ(正)アワ(反)がト(十)しなければ発生しません。

体での中では、細胞が働けば、フトマニが発生します。

神経伝達と筋肉細胞、感受と判断、吸気と呼気といったように、あらゆる部分でのアワとサヌキのフトマニ(生命活動)の何重もの総和によって生命の発生が保たれます。

ミを入れて行う

ミを入れて行うとは、サヌキ(思念)とアワ(感受)のフトマニが起こるように行うことです。上の空とかガサツといった行いでは、ミが入りません。

生命はタカミ(現象)のアマの力と、カムミ(潜象)の力とのフトマニによって生かされています。

そのタカミ(アマのサヌキの力)と、カムミ(カムのアワの力)をムス(発生)させるヒ(根元)は、アマナ即ち、アマノミナカヌシのミスマルノタマなのです。

日常生活は頭(意識)は、サヌキに振り回されています。しかしサヌキとアワのバランスをとって生きることが、生命力を保つことになります。

「年をとると、何々が減ってきます」と、コマーシャルで良く聞きますが、年をとると減るのではなく、その人の生き方で減ってくるのです。

カムウツシとアマウツシが満たされていれば、たとえ年を取っていたとしても減ることはないのです。

現代人は、サヌキ(脳)に振り回されています。そして、体をあまり動かしません。筋肉は鍛えようとしますが、アワ(感受性)を鍛えようとはしません。それで、年を取れば減少すると多くの人が思い込まされてしまうのです。