カタカムナ

カタカムナ ウタ 第14首

オホコト オシヲ イハツチヒコ イハスヒメ オホ トヒ ワケ アメノ フキヲ オホ ヤ ヒコ カサ ケツ ワケノ オシヲ オホ ワタツミ ハヤ アキツ ヒコ イモ ハヤ アキツヒメ

トヨクスヘミチ(イカツの発生)については第12首に、各種イカツによって構造されるマカハコクニ(原子)については第13首にありました。そこで第14首は、オホワタツミ(細胞)の物理になります。

細胞の再生にはイモハヤアキツヒメという形状保全(自己複製)の物理があります。

ハヤアキツヒコ(現象物)には、イモハヤアキツヒメ(ヒコに伴って、正反性をそれぞれのヤまでアキツ(発揮)する力をヒメている)ということです。

体の細胞が、発生に際しても新陳代謝に際しても無制限に増殖することなく自ずから秩序を持ち続けるのは、細胞内のアマ(アマの代理)がアマココロ(アマの本来性)を受け継いでいるからに他なりません。

アマの本来性には,ソコタチ(微小に分化し拡散する性質、即ち膨張性)とそれに抵抗する力があります。抗分化性と抗膨張性です。

またアマの本来性にはソギタチ(集合し重なり収縮し凝結する)がありますが、これに抵抗する力があります。抗合性と抗縮性です。

それらの二つの抵抗性がアマに秘められているからこそ、天体も原子も形状保全を持続できるのです。抵抗性というのは、反対の力では無く、正反それぞれの中にあって抵抗する力です。

例えば抗膨性とは、膨張しようとする力に抗する性質であって、収縮性とは違います。抗膨張性、抗収縮性がなければ、膨張系は無限に膨張し、収縮系は無限に収縮してしまいます。

アマの抗膨張性、抗収縮性は常に持続的であって、慣性や復元力のように打ち切られることはありません。

これは自然界のバランスの説明にも当てはまります。地球を公転する月が何億年とバランスをとり続けていられるのも、ソコタチ・ソギタチがあるからです。

これなどは到底、人智のはかりうるところでなく、大きなスケールバランスがおのずから図られているからです。

【訳】

○オホ
オ(六方環境の関わり)が、私たちの生命にホ(親和)して、私達を生かしてくれています。オホはカム(アワ)アマ(サヌキの力です。

○コト
それを、コ(繰り返して)ト(重合)してくれています。

○オシヲ
それによって、オ(環境)からシ(示されて)ヲ(四相)に発生します。オシヲは現象物と考えますから、電氣粒子、原子、分子、細胞もオシヲですが、後にでてくるカサケツワケノオシヲを細胞とすると、オホコトオシヲは電気粒子や原子となるでしょう。

○イハツチヒコ
イ(電気粒子の種々)のハ(正反性)をツ(個々に)チ(持続)してヒ(根源の力)をコ(繰り返し発生する力の)こと。

イモとかイクといったイという最小レベルで、イサナギ・イサナミ(ソコ・ソギ)といった波動を繰り返すモノは、イからヤまで成長してヤハカエシ(循環)が行わているオシヲですから、イが持続します。そのヒコには小さなイノチ(電気粒子の発生の持続)が宿ったことですから、原子も細胞もイハツチです。これをヒコといいます。

○イハスヒメ
ヒコには、イがハ(正反性)にス(進む方向性)をヒメ(秘めて)います。ヒからメが出てヨからヤへ至るスベを行う力です。ヒメというのは、先に述べたアマの本来性のことです。

これによって、必要な原子そして細胞がそこに発生します。

○オホト
オ(六方環境、空間)から、常に我々の生命にホ(親和し)ト(重合)する。カムウツシ、アマウツシのこと。

○ヒワケ
オホトによって、ヒ(根源の力)を、ワケ(分け)られています。根源の力はカムでありアマですから、そこには人智の及ばない無限の働きをヒメているのです。

全てのものの発生の際にはオホトされワケられます。必要な細胞に必要な粒子として分けられるのです。

それは、ウキフヌ(原子の核)やカブシヌ(原子の外殻電子)であって、それが個体のサヌキ性・アワ性として生命活動を営む力となります。そのようなオホトのヒワケを、カサの量として感じることも大切です。

○アメノフキヲ
ア(存在)にまでメ(芽)からノ(変遷)して、ソコ(膨張性)ソギ(収縮性)ナミ(波動性)ナギ(粒子性)のヲ(四相)を持っています。

このフキヲがあることで、必要なソコ(トコロ)に必要なソキ(そこに発生する)がトキ(重合発生)して形が整っていくのです。

○オホヤヒコ
オホが関わっている現象の場、即ちオホの力は、ヤ(極限、飽和)まで、ヒ(根源の関わり)がコ(繰り返され)ます。

オホ(カや環境)の力は、当然ヤタノカ(生命力)によってヤ(出来上がりの状態)が異なります。つまり

○カサケツワケノ
カサ(オホの関わりの量)、つまりアワ量(オモタル)によってケ(変化を生じ)ツ(それぞれが)ワ(全体の調和)となるようにケ(分け)られてノ(変遷)していきます。

○オシヲ
そうして発生したものがオシヲ(オから示され四相を以て発生した物)です。

現象物によって言い方が異なりますが、マリ(結球性)シマ(流態性)ソコ(膨張性)ソギ(収縮性)の四相をもっています。

ヒワケの量、即ちカサの量でケ(変化)を生じ、それぞれに変遷してオシヲ(その存在を示すもの)となります。

オシヲは様々な種類の原子分子や細胞のことでしょう。

○オホワタツミ
オホワタツミは、オホ(大きな)ワ(個体)の中で、それぞれがタ(独立)したツ(個々)のミ(体の構成員)として生きているものです。

現代の言葉で言えば、細胞とか五体(体を構成する五つの部分)になるでしょう。

○ハヤアキツヒコ
ハ(正反)が、それぞれヤ(極限、飽和)まで進んで、アキツ(現象物になる)ものを、ヒコ(ヒから生まれたコ)といっています。

人の子供が生まれて育っていくそんなイメージと重なって、昔の子供にはヒコとかヒメとかいったのでしょう。

電子も原子も細胞もアキツ(現象化して発生した)ツ(個々)は、全てヒからのコ(繰り返し)発生したものですからヒコなのです。

言葉をかえれば、カム(父)とアマ(母)という根源から生まれたヒコ(根源から育った子)です。ですから、カムウツシ、アマウツシという父母からの贈り物によって生命力を保っているのです。

○イモ ハヤアキツヒメ
イモハヤアキツヒメとは、イモ(ヒコに伴うもの)は、ハヤ(正反性をヤまでアキツ(発揮)する力をヒメていることや、オホワタツミが形状保全や自己複製力を秘めていること)を言っています。

このようにして細胞の発生を見ても、胃の細胞は胃の細胞に、筋肉の細胞は筋肉細胞に再生するのです。

生命は、原子や細胞の積み重ねで出来ていますが、その積み重ねが社会構造的集団であるように構造されています。つまり人という個体を生かす為の生命の諸現象は、その社会構造的集団によって、生命現象や心の現象となって発現されるのです。

それを知ると、生命は個人が有しているという多くの人達の考え方は否定され、あの世、過去世といった世界も無くなるのです。

生命質の持つ最大の性質はこのように、マトマリというアマ(マ)とアメ(マリ)の関連であって、それの統合性にあるのです。

【参考】


○ワクトメ

ふと、ワクトメミチという言葉を思い出しました。

ワ(調和)ということを第一に、ク(自由に)ト(カムウツシ、アマウツシ)でメ(発生)させてミチ(ミを持続させる)。といった感じの言葉ですから、全ての現象の発生には、アマココロという存在無しには考えられないのです。

オホ(環境)を良くすれば、例えば体をイヤシロ(イカツが飽和まで示される体)にして、電気粒子の量もヤ(飽和、安定、極限)にしておけば、私達の体は高電位の状態になります。

生命体は、潜象過渡では1秒間に、数万回、数十万回と発生と消滅の循環が繰り返されますから、私達はイマタチ(この瞬間の性質)なのです


○筋肉細胞について

さて、細胞は体がじっとしていても絶えず動いているものですが、筋肉細胞は自身では動かせません。そこで、絶えず動かしてあげなければ維持できません。

筋肉は3日も動かさないでいると退化し、硬くこわばってきます。これは生命力の給与が少ない為ですから、これが続くと眠っても体はこわばったままで回復しません。

生命力はカからの(カムウツシ・アマウツシの給与)ですから、疲労も夜眠れば回復するのですが、それも緊張を緩めるアマウツシを呼ぶ生命力、カ(アワ)の力があるからなのです。

それによってミトロカへシ(食べ物の摂取以外にアマウツシによるエネルギーの摂取、生命質系の原子転換)等も行われます。

現代人が考えたことのなかった、カ(生命の元)の問題なのです。

私たちの生命は、細胞であり原子であり電気粒子であって、それはイマイマに発生するイマタチですから、カサケツワケ(アワによる変化性)を起こすスベ(方法)を知っていなければなりません。

筋肉細胞の生命力は、たえず動かして、サヌキアワ(フキヲ)のフトマニをオホコト(繰り返して)カムウツシ・アマウツシの(天然給与)を受けることで細胞は回復し若返りもします。

筋肉細胞は微細で繊細な生き物ですから、ヒトツヒトツの生命を大切に扱うことで、細胞は自身の働きを全うします。ミをいれて、(感受して丁寧に)動かすようにと、昔の人は言いました。こうすれば生命力の給与が増やせるのです。

スポーツではより強い力で、より早く、より大きく動かして筋肉を鍛えようとすることが常識になっています。これはサヌキの鍛え方ですが、そうではなくアワ(感受性、生命力)を鍛えるのですから、真逆の動かし方も大切です。力を入れずに、ごくゆっくりと、コントールされた微細な動き、バランスの取れた動き方です。

こうした動きでも筋肉は微細なソコ・ソギ(弛緩・緊張)の動きを多く繰り返しますから、フトマニが盛んになり、カムウツシ・アマウツシも盛んになります。

ところで、江戸時代に山岡鉄舟だったか定かではありませんが、草鞋(わらじ)を履いて歩いても、足袋の先が汚れなかったと聞きました。何故こんな逸話があるのか解りませんが、これは非常に優れた歩き方です。これがカサケツワケを良くする健脚の根本だからです。

健脚とは筋力以外の力、それはミツゴナミ(生命波動)や、アメノウヅメ(バランスが整っているときに、コマの回転のように、体を取り巻くミツゴナミの発生)やミトロカへシが発生します。渡り鳥が餌を取らずに飛んでこられるのも、ミトロカヘシの働きによるものです。

『相似象』にはミトロカへシとミトロカエシとありますが、第80首にはミトロカヘシとあって、『相似象』第5号にもミトロカヘシ(238頁)とあります。

一方、ミトロカエシは相似象8号11頁から18頁に書かれています。いずれにせよ、原子転換や生命の自然発生に関わる大変興味深い潜象物理です。


○古事記のご神名

さて、話は変わりますが『古事記』のイザナギ・イザナミの神の国生みの話の中に、この第14首の言葉が全てご神名になって出てきます。

オホコトオシヲの神、イハツチヒコの神、イハスヒメの神、オホトヒワケの神、アメノフキヲの神、オホヤヒコの神、1字異なりますがカサモツワケノオシヲの神、オホワタツミの神、ハヤアキツヒコの神、イモハヤアキツヒメの神といった具合です。

古事記の編纂者であるヒエダノアレは、カタカムナの文字を読むことができたのでしょう。しかし、意味が分からないので御神名として記すしか方法が無かったのでしょうか。