カタカムナ

歌のミトロカヘシ

「ミトロカヘシ」と言ってから『さくら さくら』を歌ってみました。お好みの音量でお聴き下さい。

さて、ミトロカヘシとはカタカムナの天然則です。「泥から生命が湧く(自然発生)」「代謝物質の摂取以外にアマウツシによるエネルギーの摂取」といった目に見えない潜象物理の言葉です。

楢崎皐月はカタカムナ文献解読によって知り得たこの物理で、実際に発生するかどうかを、器具を揃えて、生物発生の事実を確かめています(『相似象』第8号11頁〜18頁)。正に比類なき大天才です。

ミトロカへシこそ究極の転換であって、条件が揃えば生物が発生するのですから、パスツールの「微生物は自然発生しない」ということを覆す理論です。ちなみにカタカムナの言葉は、言葉にふさわしい働きを表現する言魂なのです。

過日、トータルヘルスデザインでの講座の際に、マノスベの姿勢を整えた後に「トリヰ」、そして「ミトロカへシ」と言ってから歌ってみました。「さくら さくら」と「カタカムナの5首6首」を歌いました。周りの人達はこの歌から発する不思議な感じに包まれ、ヒーリング効果で眠くなっていました。

この日、参加された女性の一人は、初めて人の氣というものが私から見えたとのことで興奮されていました。そして私から発する氣を色々とスケッチしてくれました。

それを見ると、言魂によってミツゴナミ(氣)の発生状態は異なっていましたが、ミトロカヘシはかなり特徴的でした。多くは体の外に広がるのですが、これは私の胸郭の内部で渦を巻いているのです。なるほど、この渦が心身の統一感として感じられるのかと私も納得しました。

私の歌い方

話は変わりますが、実は私の歌で「口ずさみたくなる日本の名歌」といったCDを作ろうと、1年半も関わって頂いている仲間がいます。

何故、素人である私の歌がCDになるの?と不思議だったのですが、その謎はともかく、友達仲間が高く評価してくれて、言いなりのままに始まりました。日にちを決めて集まって録音をしましたが、その歌が何十曲か溜まりました。これをどんな順番に並べようかといった集まりのときに、このミトロカエシの歌い方を披露しました。音楽ではプロであり達人であるこの3名の友達が、私の歌い出した一瞬に、ここから発するヒビキを見抜いてくれたのです。

ヒビキというと、今では音響の意味になっていますが、カタカムナでは「ヒ(始元)からヒ(玄妙、アマの性質)を引き継ぎながら、次々と(2次3次と)発生してゆくもの」という思念があります。またヒビキは気の合う者たちの心の通い、愛する植物や動物との交流、あるいは人の運勢や気象の変化を当ててしまう等いくらでも身近に相似象はあります。それとのヒビキアイ(共振作用)が起きたのでしょう。

世の中ではメジャーな歌い方が溢れていますが、これとは根本がまったく違っています。しかし、ヒビキのある歌は世界中に無いから、この路線でやり直しましょう!と即決してしまいました。

聴いていて体が緩み眠くなってしまう、そんな子守歌のような歌い方を目指しています。私の歌い方も、最初より上達しているそうですから、(これは一般に認められている技術力ではなく、万物にヒビク、アマココロ、アマウツシの上達のことです)改めて、日にちと場所を決めて、4、5曲ずつ録音していきましょうという話に決まりました。

富士山5合目

岩が聞いてくれました

私の歌い方は人間の細胞にもヒビキ、聞いてもらえることはわかったのですが、最近、岩にも聞いて頂けることがわかり感動した話をします。細胞にも岩にも耳はありませんから、音を聞いているわけではありません。ましてや岩の場合、音は表面で反射してしまいます。浸透し得るのはココロ(極微粒子)しかありません。

ですから声は小さくて良いですし(力みが無くなる為)、声の良さや音程の確かさでもないという事がわかったのです。

ある日のことです。何人かで浅間神社へお詣りした後、富士山の5合目までドライブをしました。富士山の5合目には大きな火山岩が2つありました。側にはなにやら説明書きもあります。その前で歌ってみました。そのとき、私から初めてミツゴナミ(氣)が見えたという女性も参加されていて、次のような感想を頂きました。

「大野先生が歌い出すと、左側の岩からは黒いもやもやが出てくるのが見えました。人が触れていくことで、人の念が移ったのだと直観しました。願望という欲を岩に写したものを吐き出している感じがしました。歌い終えると岩と周りの空気が浄化されてスッキリして、岩がクリアに見えるようになりました。」

「右側の岩からは、螺旋状の光のエネルギーが左から右へ岩を撫でるように流れだして、岩はもちろん後ろの樹までもが喜んでいるようでした。」

「大野先生、生きている岩を、イキチイハというのですか。岩も生きているとは聞いていましたが、岩から出るミツゴナミ(氣)の反応を見たのも、もちろん初めてです。歌が、岩や環境をイヤシロに変えるのですね。」

参考: イキチイハ(生命を持つ岩)

岩にも生きている、生きていないがあります。今回初めて、生きている岩を体験したわけです。生きている岩とは成長していること、結晶が広がることです。結晶の生命力は、イハ(電気的正反)の親和力によります。岩が成長するとは、イハ(電気の配列)でサヌキとアワの層が出来ることで、これをイハメといって、木の年輪に相当します。

岩は植物のように一年毎に形成されるのではなく、結晶の際に瞬間的に出来るのでしょうが、必ずしも輪状にはならず、平行的な層になることもあります。その成長変遷の速さは、数百年、数千年の単位なのでしょう。

イハメは火成岩(火山の溶融物の変遷した岩)に多くあります。水成岩も水流の圧力によって変成され、結晶構造を持つと硬くなり、イハメを持ちます。電子密度を増して結晶構造を持った岩には、生命の元イハカムナ(結晶核)があります。

岩は、皆それぞれに電気密度が異なって、正反の電気(サヌキ、アワ)を保有しています。一つの岩でも、部分的に死んでいるところ(風化)と成長している(新陳代謝)ところがあります。

また、岩は男女の両性の電気を持っていて、男岩と女岩(表面の位相がサヌキあるいはアワの男女の電気性を表すので、分かる人には分かるようです)の別があって、人間の生命と変わらぬ姿があるのです。

上古の時代に、石器をつくるにはイハ即ち電気の正反のイハメを持つ岩でなければなりませんでした。石器となる硬い石(イキチイハ)からそれを取り出す方法も上古人は心得ていたのです。