カタカムナ

カタカムナ ウタ 第16首

アメノサッチ クニノサチ アメノサギリ クニノサギリ アメノクラト クニノクラト オホトマトヒコ オホトマトヒメ トリノイハクスフネ オホケツヒメ

『古事記』に使用された、カタカムナの用語

アメノサツチ(天之狭土の神) クニノサツチ(国之狭土の神) アメノサギリ(天之狭霧の神) クニノサギリ(国之狭霧の神) アメノクラト(天之闇戸の神 ) クニノクラト(国之闇戸神) オホトマトヒコ(大戸或子の神) オホトマトヒメ(大戸或女の神) トリノイワフスフネ(鳥之石楠船の神) オホケツヒメ(大宣都比売の神)と、このように第16首のカタカムナの言葉は全て『古事記』では御神名になっています。

『古事記』のイザナギ、イザナミの神の国生み、神生みの話の中には「次に生みたまへる神の名は、鳥之石楠船の神(トリノイワフスフネ)、亦の名は天の鳥船(アメノトリフネ)といふ、次に大宣都比売の神(オホゲツヒメ)を生みたまひき」という場面もあります。

古事記の編纂者であるヒエダノアレ(稗田阿礼)は、おそらくカタカムナの文字を読めたのでしょう。カタカムナ用語が御神名になっていたとはいえ、こうして古事記に残っていたからこそ楢崎皐月もカタカムナ文字を解明できたのでしょう。

しかし読むことができたとしても、この内容は何だろうとなると、他の人にできるでしょうか。これはもう超天才、楢崎皐月の直感力以外はないでしょう。正に天の配剤だったのです。

ですから、多くのカタカムナ本に見受けられるのですが、カタカムナを勝手に異訳してはならないのです。異訳は間違いを広めることになります。

現代のアシアトウアンであった楢崎皐月から直伝されたカシラである宇野多美惠。彼女の現した『相似象』を忠実に理解していく事こそが、カタカムナの本質を知ることになるのです。


【第16首の訳】

『チカラとカラミについて』の記事でも記しましたが、ここでもう一度おさらいします。

私達がチカラと言っているものには2種類あります。一つは収縮性の力、一つは膨張性の力です。カタカムナ人はこれを、カラミとチカラに分けていました。何れもアマの持っているチカラがアマウツシされたものです。この無限に広い宇宙のことをアマといいますが、このアマを満たしている始元量(万象万物に変化する量)もまたアマといいます。

アマ(始元量)は、アメ、マリ、カ、カハ、アマココロのウツシツミ、などと言うこともあります。アマは、ソギ(収縮)とソコ(膨張)を超高速で繰り返しています。このことを、イザナキ・イザナミと言います。つまり、イザナギ(今この瞬間が収縮性)イザナミ(今この瞬間は膨張性)ということです。

このソギタチ(収縮性)とソコタチ(膨張性)は、アマ(宇宙)全体で同時に行われるのではなく、偏りがあります。そしてアマ(宇宙)に密充しているアマ(始元量)にも、ソコ・ソギの性質があります。

このアマ(始元量)のソコ・ソギの性質のことを、アメノサッチ(収縮性)アメノサギリ(膨張性)といったのです。

アメノトリフネとは、始元量アメがノ(変遷)するチカラのト(統合性)とリ(分離性)のフ(二つ)のネ(根)のことをいいます。このタチ(性質)が物質に受け継がれてアマウツシ(分化)とアマカエシ(還元)という現象になるのです。

それはイ(イカツ)のハ(サヌキ(電子)とアワ(正孔))によってクス(自由に行われる働き)に基づきます。イというのは、イカツであるとともにイノチのことでもあります。

カタカムナ人は、イノチとはアマ(潜在的要素)との連帯と捉えていました。現代科学はDNAやRNAといった核酸が生命質の自己複製と代謝の原動力になることを発見していますが、それでも生命の本質は何かということは見えてきません。

カタカムナ人のイノチとは、アマが持つ本質的なチカラのことであって、アマのチカラの発生をトキと言い、アマ始元量の変遷をトコロといったのです。アマ(宇宙、六方環境)には、トキノマリ、トコロノマリとも言う始元量が密充しています。

あらゆるものは、イカツも人の生命も全て発生と消滅を刻々と続けるイマタチ(今の存在性)であって、その本質と機能は常にこのアマ始元量から分け与えられています。

DNAやRNAの機能もイカツの持つ実質、イカツミ(電気素量)マクミ(磁気素量)カラミ(力素量)から生まれる様々な機能も、アマ始元量から刻々と分け与えられるウツシによってその働きを履行しているのです。

あらゆるものに膨張と収縮、粒子と波動、エネルギーと物質、時間と空間のような正反性質があらわれるのも、アマの本来性(ソコソギタチ、トコタチ、アマココロ)を受け継ぐトキトコロのマリ(アマ始元量)のフタスガタ故なのです。このようなアマの働きを、アマカムのチカラと言っても良いでしょう。全てはイキフタネ(生命の二つの根元)、つまりカムとアマの二つの根元の働きなのですが、それをヒコ(微粒子)のヒメ(秘めたチカラ)としました。

【用語の解釈・第16首】

○アメノサッチ クニノサッチ
アマ(始元)のソギタチ(収縮性)によって、始元量アメもソギタチの性質を持ちます。その状態をアメノサッチ(始元量の粒子性)、クニノサッチ(アメから変遷したクニの粒子性)といっています。

サとは始元量の嵩(カサ)のことですが、粒子には差が生じます。受け取る際の状態に応じて差が生じます。そのアメに生じる小さな差をアメノサッチといったのです。クニは自由に定着したという意味ですから、アメからヒフミヨと変遷していったその状態でもできると言ったのでしょう。

私達の細胞のイノチは一瞬一瞬そのサによって違いが生まれますが、それはアメ(始元量)を受け取る際から始まっているのです。それがサッチです。

○アメノサギリ クニノサギリ
アマ(始元)のソコタチ(膨張性)によって、アメ(始元量)もクニもソコタチの性質を持ちます。それによってアメノサギリ(始原量の波動性)や、アメが変遷して生じるクニノサギリ(波動性)にもサが生じます。そのサはオホゲツ(六方環境の親和性によっても一つ一つ違っています。そのような様々なチカラをヒコ(始元量から変遷した微粒子)はヒメて、それが細胞にも及ぼすのです。

○アメノクラト クニノクラト
アメ・クニの多様さがク(自由に)ラ(発現)され、アメやクニのレベルでト(統合)されていきますが、この変遷はクラ(暗い)潜象でのト(統合重合)なのです。

私達のイマイマは、現象と潜象の互いの入れ替わり、重なり合い、発生と還元の象なのです。ちなみにアマウツシも潜象の働きを言います。

○オホトマトヒコ
オ(六方環境)ホ(親和)のト(統合、重合)によって、マにト(統合)されてヒコ(ヒのチカラを秘めた微粒子)になったもの。

○オホト マト ヒメ
オホトマトヒコにはヒメているチカラがあります。環境の関わり(つまり万象から生まれるアワやサヌキのココロ(微粒子)の関わり)も、今までの関わりもそこヒメられているでしよう。

○トリノ イハ クス フネ
先に記したアメノトリフネと同じことです。つまり始元量アメがノ(変遷)するチカラの、ト(統合性)とリ(分離性)のフ(二つ)のネ(根)のことで、このタチ(性質)が物質に受け継がれて、アワ性、サヌキ性、アマウツシ(分化)とアマカエシ(還元)と、現象に受け継がれていきます。それはイ(イカツ)のハ(サヌキ(電子)とアワ(正孔))によってクス(自由に行われる働き)に基づくのです。

因みに元気さは、イヤシロ(高電位)であること。それは、分極がしっかりとできることです。分極とはプラスとマイナスの極ができることで、それによってイカツ(電流)が流れます。イカツはイノチなのです。

○オホケツヒメ
オ(六方環境から)ホ(アマの親和によって受け取るアマのチカラ)のケ(変化性)をツ(個々のアメやクニ)がヒメ(秘めて)います。

このように、潜象の働きが現象と重なり、互いに入れ替わって生命が続いています。これが生命の本質です。